ホセ・ピピノ・クエバス

ボクシング史上最もパンチの強かった選手は誰か?皆さんはマイク・タイソンやジョージ・フォアマン等の選手を思い浮かべると思います。ボクシング評論家の中でも、アルゲリョ、ジョフレなどの超一流王者の名前からジュリアン・ジャクソン、アーニ-・シェイバースなどの一打必倒の強打者までさまざまな強打者が論議されてますが、こと私が見た中でダントツの強打者といえば今回紹介するボクサー、クエバスをおいて他にありません。

何しろ、そのニックネームがすごい。「恐怖のアゴ割りパンチャー」。その名のとおり何人もの対戦相手のアゴを砕き、あるいは担架に載せて病院送りにしたほどのものすごい強打を誇った名王者でした。

人間の身体の強度と言うのは、こと顔面に関してはそんなに大差はない。いわばヘビー級のボクサーとバンタム級のボクサーのアゴの強度などそんなに大差はない。いまだかつてクエバスほど相手の身体を破壊して選手生命を終わらせたり、何人もの選手のアゴを叩き割ったボクサーなどヘビー級でも存在した記憶がない。ことパンチ力に関しては少なくとも彼の在籍したウェルター級史上随一でしょう。

多くのメキシコ人ボクサー同様、弱冠14歳でプロデビューしたクエバスは勝ったり負けたりを繰り返しながら成長していき、その強打が注目される頃には世界ランク入りも果たしていた。しかし、ボクサー人生として最も大切な試合と思われた、強豪アンディ・プライスとの試合に判定負け。これにより世界戦線から大きく取り残され、無名のまま再び強豪と戦って世界ランクを上げるというお決まりのコースを歩むはずだった。しかし、人生とはわからない。時の世界王者アンヘル・エスパダは強豪クライド・グレイとの指名試合を前に、調整相手となりそうな楽に勝てそうな相手を探していた。

当時対立王者だったメキシコの名王者、ホセ・ナポレスを徹底的にこきおろしていたエスパダにとってプライスに負けた直後のメキシコ人クエバスは楽な相手であり、しかもメキシコ人ホープを豪快に倒すことによって、さらにナポレスのみならずメキシコ人をこき下ろせる絶好の相手に思えたのだろう。

試合が始まるとエスパダの予想した通り、クエバスは大振りで楽にパンチはよけられる、しかも自分の得意のボクシングテクニックをメキシコ人観客達に存分に見せることができるとばかりに、すいすいとクエバスのパンチをはずし、ジャブ、ストレートをびしびし決めていった。

ただ一つ、エスパダが感じていた誤算は、このホープのパンチがグローブでガードしても頭がしびれるほどのパンチ力を誇っていたほどだった。しかし、この調子で大振りしていたらスタミナが持たないだろう、そのときに一気に攻め落とそう、そういう余裕すら感じた。しかし、2Rにはいるとクエバスの攻撃はさらに勢いを増し、パンチのスピードも上がってきて、パンチに鋭い伸びすらも出て来はじめた。それでもテクニシャン、エスパダはすいすいとパンチをかわしていたが、そのうちの1発が命中した。もんどりうって倒れるエスパダ。何が起こったんだ?そんな表情で立ち上がるが足が痙攣して動かない。クエバスの強烈なパンチが飛んでくる。ロープから飛び出すほどの強烈なダウン。ロープにもたれかかれながら立ったエスパダを倒すのに10秒とかからなかった。3度目の強烈なダウン。芋虫のように身体をくねらせながら起き上がることが出来ないエスパダは担架で運ばれていった。弱冠18歳7ヶ月での王座奪取。だれもがこの王座獲得劇はまぐれだと思ったが、それがまぐれでないことをクエバスは証明していった。数々の選手を病院送りにしながら。

クエバスの初防衛戦は金沢で行われた。相手は辻本章二。映画俳優張りの2枚目で、日本が誇るテクニシャンだった。来日したクエバスのサンドバック打ちを見て報道陣が驚いた。バックを打つ音が来日したことのあるフォアマン以上にものすごい音を立てて、しかも縦揺れしていてサンドバック自体にがたがきている。(クエバス自身、生涯サンドバックは何個壊したか記憶してないほど壊したらしい)そのものすごい強打に警戒感を強めた。

試合が始まると絶好調の辻本はクエバスのパンチをすいすいとはずし、ポイントを重ねていく。それでもクエバスは前進を止めない。4Rまでは辻本の一方的なペースだったが、徐々にクエバスのパンチがガード越しにボディにめり込んでいくと辻本は失速。5R、ついにクエバスの猛打が辻本をとらえると破壊されたように立て続けに3度のダウン。なんと1度目のダウンで辻本の記憶は飛んでいたほどの強打だった。マスコミは辻本の惨敗ぶりを大げさに書きたてたが、辻本は惨敗どころか大善戦していたというのをこの後のクエバスの活躍から知ることになる。

程なく、エスパダと再戦。クエバスを徹底的に研究し、13Rまで粘ったエスパダには大きな代償が待っていた。顔ははれあがり、口を閉じることが出来ないほどアゴを粉砕されたエスパダは試合を放棄。さらに、当時、無冠の帝王として恐れられたクライド・グレイのアゴを叩き割ってKOし病院送りに。

ウィルレッド・ベニテスに分のいい判定負けを喫し、あのハーンズを徹底的に苦しめた難敵ハロルド・ウェストンもアゴを割られてダウンだけは拒否するほど頑張ったが9RTKO。さらにはホセ・ナポレスに勝って王座についたこともある古豪ビリー・バッカスはわずか1Rでアゴを叩き割られてKO負け。サクラメントの強打者の異名をとっていた米国のホープ、ピート・ランザーニはわずか2Rで破壊されたようにKOされ、病院送りにされた。その防衛戦のほとんどが3RまでのKO。1流選手になればなるほどクエバスの強打は相手にダメージを与え、選手生命すら奪っていった。プロ入りしたレナードがベニテスに挑戦したのは、クエバスの強打を避けたからだ!という噂すら飛び交っていたほどだ。防衛戦11試合のうち10試合をKOで片付けていたクエバスは対戦相手にとってはなるべく避けたい王者となっていた。

抜群の豪打を誇り、相手をマットに沈めてきたクエバスにも落日の日が訪れた。相手は皆さんもご存知のトーマス”ヒットマン”ハーンズ。当時23勝(21KO)無敗を誇る188cmとウェルター級では類を見ない長身の強打者だった。ハーンズ陣営は冬のデトロイトにクエバスを招き、寒さの苦手なクエバスはウォーミングアップに失敗し、身体が温まらないまま試合に臨んだ。ハーンズのストレートのような左ジャブの前に接近すら出来ないクエバス。いつもより踏み込みが甘く、パンチも届かない。

しかも、リーチが2mを越えるハーンズのパンチはぐんぐんとのびてクエバスに命中する。身体の温まってないクエバスにはいつもの倍以上効いている。ついに2R、狙い済ましたハーンズの右オーバーハンドのストレートが命中すると、身体をくねらせるようにして耐えるクエバス。とどめのもう一発が決まるとうつ伏せに突っ伏すようにダウン。辛くも立ち上がったクエバスに対してセコンドからはタオルが投げ入れられていた。全く何も出来ないうちにKO負け。後のハーンズの打たれ脆さを考えると、ちゃんとウォーミングアップして、パンチを一発でも当てることができればと、悔やまれる試合だった。

再び王座奪回を目指すクエバスは復帰戦をわずか2Rで終わらせ、次戦も世界ランカーをわずか2RでKO。レナード挑戦をかけて、ロジャー・スタフォードと対戦。3Rまで強打を一方的に決め、相手を圧倒。続く4R、スタフォードがクエバスのパンチでコーナーからコーナーへ対角線上に吹っ飛び、追い討ちをかけようとしたクエバスにスタフォードがやけくそで打ったパンチがカウンターで命中。このパンチでダウンし、しかも肩をいためたクエバスは判定負け。世界戦がおじゃんになったばかりか長期の欠場を余儀なくされる。しかし、開催される試合すべてが大入り満員になるばかりか、そのチケットをめぐって犯罪すら起こすほどの人気を誇ったクエバスを放っておくプロモーターなどいはしなかった。復帰後すぐにあの「石のこぶし」ロベルト・デュランとの大一番が組まれた。当時のデュランは無名選手に負けたりといまいちの調子だっただけにクエバスには楽な相手と思われていた。しかし、まるで全盛期のような出来をみせたデュランに対し、打たれ脆さをあらわしてきたクエバスは善戦しながら4Rにつかまり、KO負け。この試合を境にクエバスは引退。

しかし、引退が引退で終わらないのがこの世界。デュランのその後の活躍に刺激を受け、復帰戦で世界ランカーを1RKO。デュランのような神話が築かれるのかと思われたが、それはクエバスの最後のろうそくの炎だった。復帰第2戦の黄俊錫戦。カリ-をダウンさせた強豪のあごを叩き割りながら小差の判定負け。この試合を境にクエバスはホープの踏み台となっていく。後のS・ミドル級王者スティーブ・リトルに判定負け。ウェルター級王者ホルヘ・バカには2RKO負け。世界ランカーのルペ・アキノにKO負けして以来クエバスがリングに上がることはなかった。

第2の人生でも事業に成功し、貧しい人々には自分の財産を分け与えるほどの真面目人間、クエバスだったが市の体育委員会委員長在籍中にメキシコの政争に巻き込まれ、収賄疑惑という濡れ衣を着せられ、収監されたクエバスの無実を訴え、抗議を行った面々は世界王者やコミッショナーなどのボクシング関係者のみならず、一般市民までもが政府を大批判したほど。彼の人柄の誠実さがうかがえる。その試合運び、強打に似合わず、素顔は優しく、真面目、寡黙で誠実なおよそ陽気で脳天気なメキシカンというイメージからは程遠い人物だったのが印象的な名王者でした。

生涯戦績35勝(31KO)13敗

たこです

たこです

迷惑かけてありがとう

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