ホセ・ルイス・ラミレス(メキシコ) 漆黒の夜を静かにまばゆく照らす月光

皆さんは「百戦練磨」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?ボクサーはその試合のハードさからなかなか100試合以上こなす選手は見当たりません。アーチ・ムーアや先日引退したメキシコの英雄フリオ・セサール・チャベスなどが有名ですが、彼ら以上にものすごい戦跡を残したボクサーが今回の主役。

しかも彼の場合チャベスやムーアが晩年2、3流の選手に惨敗して晩節を汚したのと違い、9敗のうち8敗は超一流あるいは一流の実力をもった世界王者経験者のみ。さらに、前述のチャベスと同門で、しかも同時期に活躍したのにもかかわらず、その実力に見合った評価と名声を得ることが出来なかった悲運の実力派王者でした。それではラミレスのボクサー人生を振り返ってみましょう。

ホセ・ルイス・ラミレス。サウスポーの猛烈なファイターで、そのボクシングスタイルは過去の名王者ビセンテ・サルディバルを連想させてくれる。サウスポーはレバーががら空きになる状態で相手に対峙するため、ボクサータイプは多いのだが、打ち合いを好むファイタータイプにはあまり名選手がいない。しかし、このラミレス、ものすごい頑丈な体と根性、そして旺盛な闘争心を持っていて、とにかく打ち合いにはめっぽう強く、生涯で彼とまともに打ち合って打ち勝った選手は最後までいなかったほど。彼と真っ向から打ち合った選手の大部分は彼のKO戦績の犠牲者となっていった。

若くして(たしか14歳くらい)デビューしたラミレスは順調に勝ち星を積んでいきフェザー級では名の知れた選手(悪く言えば対戦をぜひとも避けたい嫌な選手)となっていった。弱冠18歳でアルゲリョに敗れた直後の「ミスターKO」の異名をとったあのルーベン・オリバレスと対戦。誰もがオリバレス圧倒的に有利と思ったこの試合、なんとラミレスがオリバレスを打ちまくり、しかもダウンまで奪って有利に試合を進めていた。「自分のアイドルだったオリバレスに勝てる!」ラミレスの若さが出た瞬間を老練なKOパンチャーが見逃すわけがなく大逆転のKO負け。この試合を境に減量苦にも悩まされていたラミレスは2階級上のライト級にクラスをあげた。この試合に勝っていれば世界戦への切符が開けていただけにラミレスにとっては悔やんでも悔やみきれない黒星で、しかもこれがラミレスにとっての不吉なボクサー人生のはじまりだったことは当時だれが予想しただろうか?

ライト級に上がってからもサルバドール・トーレスやミハレス・サルディバル、アブドル・ベイなどの強豪をKOでなぎ倒してその実力を誇示していたラミレスに、またもや大チャンスが巡ってきた。ライト級転向を表明したあのアルゲリョにノンタイトル戦での相手として選ばれたのだ。誰もがオリバレス戦同様、戦前はアルゲリョの圧勝を予想。いつものように鋭い左ストレートを中心としたコンビネーションでプレッシャーをかけるアルゲリョ。アルゲリョの強打が命中してもラミレスは後退しながらも左強打を中心とした連打をアルゲリョに浴びせる。いつもなら軽くパンチをかわすアルゲリョが、この日はラミレスのワイルドで変則的な鋭い連打に手を焼き、かなりパンチをもらっていた。そして6Rなんとあのアルゲリョがラミレスの左ショートストレートからの連打でダウン。それでもアルゲリョはプレッシャーをかけ続けるが、強打が交錯する中、アルゲリョの被弾数も多くなり、一進一退の打ち合いが続き、そのまま10Rのゴング。判定の結果はアルゲリョ。アルゲリョが判定勝ちしたのは久しぶりな上、ここ10年ダウンすらしていなかった。アルゲリョにとっては苦戦と言ってもいい内容だっただけに、ここまで世界的にはその実力と比肩して充分とはいえなかったラミレスの名声を上げるのには、充分な試合だった。

さて、あのアルゲリョをダウンさせ判定負けをしたラミレスの世界ランクは当然上がってくる。そうなると上位ランカー同士のつぶしあいが起こるのが米国リング界の面白いところ。ラミレスにもその試合が組まれた。相手は後の人気王者レイ・マンシーニ。マンシーニ陣営はラミレスの実力を知りすぎるほど研究し、試合がはじまるまで徹底的にラミレス陣営に嫌がらせや邪魔をした。一例は滑りやすいキャンバスを使用し、ラミレス陣営が滑り止めの松脂や滑りにくいゴム底のシューズを手に入れないようにする為隣町までシューズと松脂を買い占めた。あるいはファイターのラミレスが疲れやすくなるためにリングマットを柔らかくし、ロープに追い詰められても逃げやすいようにロープをゆるく張った。さらにはラミレスが試合会場に行くために乗ったタクシーを、わざわざ遠回りさせて時間をかけさせる、などなど。こうした努力が実ってマンシーニはラミレスに辛勝し、世界王座への道を駆け上っていった。ラミレスのランクはさがり、また対戦を受けてくれる強豪達と戦う日々が始まった。強豪達を葬っていったラミレスに、ついに世界挑戦のチャンスが巡ってきた。くしくも自分が苦しめたアルゲリョが返上したWBCライト級王座の決定戦に出場することが決まった。しかし、相手はゴメスの再来といわれた破壊的な強打とテクニックを併せ持つエドウィン・ロサリオ。当然のように試合は敵地サンファンで開催された。

当時19勝(18KO)無敗の戦績を誇っていたロサリオの圧倒的勝利を予想する声は多く、しかもロサリオはファイターに対してめっぽう強く、あのライト級時代のデュランの強打を15Rに渡って耐え抜いたエドウィン・ビルエトを芸術的にKO。ラミレスもロサリオの強打の前にマットに沈むだろうと予想された。試合が始まると自身満々のロサリオは、ラミレスに打ち合いを望むかのように攻め込む。しかし、打ち合いになれば負けたことのないラミレスは、ロサリオを追い詰め、打ちまくる。応戦していたロサリオもたいしたものだが、試合が終盤になるにつれて打ちまくられるシーンが増えてくる。最後はKO負け寸前のロサリオが何とかふんばり判定へ。勝利を確信したラミレスは肩車をされ大喜び。しかし、結果はなんとロサリオの判定勝ち。苦虫を噛み潰すような表情でじっと耐えるラミレス。ラミレス陣営はあまりにひどいこの判定に怒り、WBCに提訴。ラミレスはランキング1位に据え置かれ次回のロサリオとの再戦を待った。

1年後、再戦が決定した。場所はまたも敵地サンファン「奴はここ以外で試合をするつもりはないようだが今回はきっちりと決着をつけてやる」寡黙なラミレスが珍しく吐き捨てるように言ったコメントがこの後に起こった激闘を物語ることになる。

2度の防衛をこなし、自信をつけたロサリオがラミレスの突進にあわせて強烈な右のカウンター。1R開始わずか30秒でラミレス仰向けにばったりとダウン。ロサリオ猛然とラッシュ。多彩な強打を雨あられのようにラミレスに浴びせる。ラミレスふらふらになりながらも何とかしのぎ1R終了。2R再びロサリオの左フックから強烈な連打でラミレス、ダウン。ものすごいダメージだが不屈のラミレスは試合を捨てない。ロサリオの強烈な攻撃が矢のように飛んでくる。ものすごい強打が炸裂してもラミレスはじっと耐えつづける。なんとか2Rが終わったがこの時点でロサリオがいつ倒すか?それだけに興味が絞られてきた。3R、ロサリオの攻撃はいっそう厳しくなる。しかし、ラミレスは倒れず、耐えつづける。これだけ打っても倒れないラミレスのガッツに押されたのか、それとも打ち疲れたのかロサリオの攻撃が甘くなりだした瞬間、今度はラミレスが猛烈に反撃。つい、さっきまで打ちまくられてKO負け寸前だったラミレスが今度はロサリオに猛打を浴びせダウン寸前のところで3R終了。4R、勢いに乗るラミレスはハリケーンのような連打をロサリオに浴びせる。応戦していたロサリオがどんどん追い詰められコーナーに詰まった時、ラミレスにくるりと背を向けた「試合放棄!」レフリーがそれを告げるのを振り切るかのように背を向けたロサリオを打ちまくる。レフリーがラミレスを止めた。4R大逆転のTKO勝ち。今まで私が見た試合の中で最もスリリングな逆転劇だった。

栄光を勝ち取ったラミレスの実力は紛れもなく本物だったが、彼の第1次王朝はすぐに終わる。それは初防衛戦の相手が当時のスピードスター、へクタ-・カマチョだったからだ。カマチョはそのスピードを生かし、徹底的に距離をとり、スピードでラミレスを攪乱。タイミングのいい左で軽いダウンを奪って最後まで打ち合いを避け大差の判定でラミレスを下した。(その後、カマチョはロサリオと防衛戦を行い、KO負け寸前まで追い詰められ地元判定で辛くも勝利)

第2次王朝はロサリオとの再戦に恐れたカマチョが放棄した王座を強豪テレンス・アリと争い激しい打撃戦を制し、王座を獲得。初防衛戦で元Jr.ライト級王者ボザ・エドワーズを5RKO。
しかし、ラミレスにとってカマチョ以上のテクニックとスピードを持つ強豪P・ウィテカーが次の防衛戦に指名された。物議を呼んだ判定ながらも後の4階級制覇王者ウィテカーに初黒星をつけ、ラミレス王朝の長期化が予想されたところに、かつての同門、チャベスとのライト級王者統一戦が組まれた。

ラミレスとは対照的にJr.ライト級で防衛を重ね、ライト級ではあのロサリオの強打をものともせずギブアップさせた当時のチャベスは、パウンドフォーパウンドで最強とも噂された実力者となっていた。プロ入りはラミレスのほうが先ながら、常にチャベスのスパーリングパートナーをつとめさせられ、スポットライトを浴びる機会の少なかったラミレスはこの試合に燃えた。

しかし、この頃のチャベスは手におえないほど強かった。2R強烈な左フックで大きくラミレスがぐらつく。チャベスの猛攻に必死に耐えながら、ラミレスは打ち返したが、長年スパーリングパートナーをつとめたラミレスの欠点をチャベスは知り尽くしていた。それでも激しい打撃戦は続いたが、10Rバッティングでラミレス出血。試合は止められ、それまでの採点で小差でチャベス。またも重要な試合を落としたラミレス。

更に、試練は続く。チャベスが王座を返上して新王者になったウィテカーがラミレスに借りを返すべく対戦を申し込んだ。ウィテカーのようにスピードがあり、防御がうまく、打ち合わないタイプはラミレスにとって最も苦手なタイプだった。試合はウィテカーの巧技に闘牛のようにあしらわれ大差の判定負け。

誰もがこれでラミレスは引退するのではと思ったが、最後の闘争心を振り絞り、1階級上の実力派王者、ファン・マルチン・コッジに挑戦した。コッジは日本で吉野の胸骨をへし折り、坂本博之からダウンを奪って圧勝した万能タイプのテクニシャン。ラティゴ(鞭)といわれる強力なパンチで長らく王者に君臨した名王者だった。しかし、ラミレスの実力を持ってすれば、攻略はさして難しい王者とは思えなかった。激しい打ち合いが期待されたが、しかし…

徹底的に打ち合いを避け、見事にラミレスをアウトボックスしたコッジの判定勝ちだった。ラミレス自身も長年のボクサー人生による衰えから逃げることは出来なかったのか、ロサリオを追い詰めた頃のような猛烈なボクシングを出来なくなっていた。それは、本人自身が一番実感していたのかもしれない。この試合を境にラミレスがリングに再び上がることはなかった。

ラミレスの敗れた相手。。。
オリバレス、アルゲリョ、チャベス、ウィテカー・・・彼らはボクシング史に残るスーパー王者だ。
ロサリオ、カマチョ・・・かれらも超一流の王者でしかも今でも語り継がれる名王者だ。
マンシーニ、コッジ・・・人気もあり(特にマンシーニ)実力も兼ね備えた名王者だった。

これらの選手に勝てなかった(一部不運な判定もあるが)ことが、ラミレスをスポットライトの外へと押しやった原因かもしれない。しかも、更に不運なのは彼らのほとんどが選手としての全盛期にラミレスが戦わなくてはならなかったことだ。ラミレスは月のような選手かもしれない。決して太陽のように明るく輝くことはない。目立つことはないが、目を当ててみると実はものすごく美しい光、漆黒の夜を静かにまばゆく照らす月光のような…。

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