ルペ・ピントール

近年、ボクシング団体が4団体に増えた上に、暫定王者の乱造のみならず、防衛回数を積み重ねた王者を「スーパーチャンピオン」に認定するのにも飽き足らず、最近は怪我や体調不良で防衛が出来ない王者を「休養王者」に認定したりと、その恩恵を受けているせいか、石を投げれば王者に当るという昨今のボクシング界。

ここでよく聞かれるのは「ボクシングは技術が向上しているから、これだけ王者が増えたとはいえ、レベルは上がっている、昔の一流王者でも現在の乱造された王者には勝てない」という意見をたまに耳にします。そういう方には、「昔は15R制で、しかも試合当日の計量、更には団体が2つのみで、現在のような暫定王者など皆無。技術があっても、一部の王者を除き、昔の王者の体力と頑健さ、更には迫力に押されて勝つことは出来ない。技術にしても、昔の王者は、僅か2団体の上に階級も細分化されておらず、暫定・スーパー・休養などの王者は認められず年間最低1~2人の指名挑戦者(ランキング1位)と対戦が義務付けられ、更には現在と違い、挑戦できる選手はランキング10位以内。

消耗度も違うし、こういう防衛戦をこなしている選手の技術(狡猾なテクニックも含む)の方がはるかに上だと思う」と答えています。さらには当時はJr階級(今のスーパー階級)の王者は、正規クラスを避けた格下や新設王者扱いで、あのゴメスですらサンチェスに破れた時は「所詮Jr階級のKOキングだったな」と酷評されたほど。

更には、正規クラスでも、2団体の弱い方の王者に挑戦すると「強い王者を避けた」と揶揄され、王者になっても「強い方の王者に勝たないと無意味」と、酷評される時代でした。それでも納得いかない方に、比較検討してもらう一番最適な選手が、今回紹介するピントールです。

ピントールは「アステカの戦士」という仇名がぴったりのメキシコボクシングが産んだ「戦う王者」だった。無尽蔵のスタミナと、樽のように分厚い胸・どっしりとした腰、強靭かつしなやかな体幹、どんな相手に対しても、一歩退かない打ち合いを挑み、相手が強打者であろうが、優れたアウトボクサーであろうが自分のスタイルを変えることなく、打ち合いに引きずり込み、最後は相手を屈服させる。頑健な身体に比例するように物凄くタフで、スパーリングでも16オンスのグローブをつけた打ち合いでパートナーですら「丸太で殴られているほどパンチが重く、桁外れに強い」と漏らすほどの強打の持主。その強打のために対戦相手を死に至らしめたこともある。打ち合いを好む為、テクニックに関しては見落とされがちだが、巧妙なブロッキングと、体重移動・スリッピングアウェイなどの高度な技術でパンチの芯をはずすテクニックにも長けていた。

さらには、見た目にスピードがないように見えるが、ステップインが鋭いのに加えて、肩の関節が柔軟なせいか、パンチが2段ロケットのように伸びてきて、相手にとって厄介この上ない。特に左のパンチが多彩で、ジャブ(ストレートになるくらい伸び、強烈な破壊力を併せ持つ)フック、アッパー、スマッシュ(アッパーとフックの中間。)

45度くらいの角度で飛んでくる。)と多彩なパンチを同じモーションで打って来る。しかし、最も恐いのはその精神力。試合前に相手を罵倒したりせず、常に「ボクシングは何が起こるかわからない。それはもちろん勝ちたいが、KOで勝つとか自分が絶対勝つなどとは言えない。ただし、いい試合を見せることに関しては全力で頑張ります」というのが口癖だった。

相手と常に対等の立場で接し、好勝負を展開した相手には、自分の事をそっちのけで称える。裏を返していえば、相手を見くびることなく、常に全力でぶつかっていくという正に「戦う王者」で、対戦相手のほとんどは、その体から発生する「戦闘オーラ」と猛烈な強打に圧倒されていた。

これほどの強豪のピントールだったが、世界挑戦は意外と時間がかかっている。同門の同階級に「KOアーティスト」カルロス・サラテや「童顔のKOマシン」アルフォンソ・サモラという両団体の王者がいたせいか、ジムのオーナー、クーヨ・エルナンデスが彼らの試合を組むのに多忙で、しかも同門同士の世界戦は禁じられていたため、物理的に世界戦を組むことが出来なかった。

更にはピントール自身もサラテ同様、KOを量産し、15連続KO勝利といった記録や、それ以上にKOラウンドの80%が1~2R以内のKOという破格の強打を誇った。更には、大場をダウンさせたこともある強豪オーランド・アモレスや名だたる強豪選手を早い回にKOしていたため、1階級上のJrフェザー級の王者にも警戒されていた。

しかし、この環境こそが、後のピントールを成功せしめた重要な要因だった。ジムでは怪物王者サラテのスパーリングパートナーを勤め、サラテの強打とピンポイントパンチを無数に浴びながらも、テクニックを磨いていった。

サラテも、頑健なピントールは普通のパートナーと違い、全く壊れないので、好んでスパーリングの相手にしていた。

こうして実力を磨き、KOを量産していたピントールに転機が訪れた。1階級上のJrフェザー級の王座を狙うことに方向転換し、世界戦をかけた試合を、後の王者となる強豪レオ・クルスと行うことが決定。1階級上とはいえ、ピントールにとって大きなチャンスだった。

レオ・クルスは世界的に名の知れた強豪になりつつあったピントールを徹底的に研究し、上の階級に慣れてないピントールを翻弄。強打を封じて(クルスの人並みはずれたタフさもあってか)、完勝。慣れないJrフェザー級の体作りもうまく行かず、ピントールの良さが全く出ない結果となった。上の階級への転級が芳しくなかったピントールは本来のバンタム級に戻り、再びサラテとスパーリングを続け、強豪をマットに沈める日々を送り、ひたすらバンタム級での挑戦を待ち続けた。

サラテとサモラ。共にKO率は100%に近く、人気面では童顔で派手な倒しっぷりのサモラに軍配が上がっていたが、メキシコ国内では、どちらが強いかと論争の的だった。人気と金銭に恵まれたサモラは次第にクーヨと不仲になり、クーヨの元を離れ、遂にはサラテとノンタイトルで戦うこととなった。激戦の末、サラテが勝つと、今度はサラテがサモラの人気までも独占するようになり、サラテもサモラ同様、クーヨの元から離れつつあった。

ピントールはこの一部始終を間近で目撃し、クーヨから離れて、次第にボクシングが雑になるどころか、生活までも荒れるサラテを自分の戒めとして、精進していた。サモラはサラテ敗戦後、精細を欠き、伏兵のホルヘ・ルハンにKOでタイトルを奪われ、その後は勝ったり負けたりの繰り返しの凡庸なボクサーとなった。クーヨは愛弟子ピントールのために、何とかルハン戦をまとめようと奔走したが、ルハンはピントールを回避してるのではというほど、神経質なほど警戒していたため、試合がまとまることはなかった。それ以上に、サモラ戦勝利後のサラテのほうがクーヨにとっては目の上の瘤だった。とにかく言う事を聞かない、練習もまともにしない、大酒を浴びる。

サモラ戦勝利後は試合も雑になり、ウエイト苦を理由にし、1階級上のゴメスに挑戦が決定した。確かにサラテは長身のため、バンタム級のウエイトを作るのは苦しかったかもしれないが、強豪ゴメス戦を控えても、練習に身が入らず敵地サンファンでの挑戦では計量失敗というボロボロのコンディションで試合に臨み惨敗。これがクーヨとの関係を壊す決定的な要因となった。「クーヨがサラテを売りに出している。メキシコのサンチェスジムや日本の協栄ジムが名乗りを上げたようだ」という噂がボクシング雑誌や新聞紙面に踊っていた。ゴメスに惨敗したとはいえ、WBCバンタム級王座は保持していたサラテに、1位のピントールとの試合が義務付けられた。通常は同門の為、試合は回避されるはずだが、クーヨはサラテを斬って、愛弟子ピントールのために試合を組んだ。サラテはクーヨの元を離れ、かつてのスパーリングパートナー、ピントールと戦う事となった。

試合の展望は不摂生をしているとはいえ、圧倒的なサラテ有利、しかも、この試合に備えて、サラテは体調を整え、猛練習を積んでいた為、ピントールの勝ち目は皆無との評判だった。事実、試合が始まるとサラテのピンポイントパンチがびしびしと命中し、ピントールの顔は見る見る腫れていき2Rには強烈なダウンを喫した。前半から中盤にかけて、圧倒的なサラテのペース。ピントールはこれだけ打たれても倒れないタフさと、精神力を示すしか見せ場がなかった。中盤から後半にかけて、打ち疲れたのか、これだけ打っても倒れないピントールに嫌気がさして来たのか、あるいは久しぶりの試合でスタミナが不安だったせいか、徐々にサラテがピントールの前進に押され始める。要所要所で並の選手なら簡単に倒す強烈なカウンターを決めても、ピントールは前進をやめない。あのサラテが倒すのを諦めて、アウトボクシングにスイッチを入れたのだ。

あのゴメス戦でも体調不良ながら、ゴメスをKOしようとしたサラテがアウトボクシングするなど、初めての光景だった。

タフで、重い強打を誇るピントールとの打ち合いを避けたのだ。必然的に試合は判定にもつれ込んだ判定の結果は意外にも2対1。1人はなんとサラテ10ポイント差以上で勝利。それ以上に物議を読んだのが、何と2人が1~2ポイント差でピントール勝利。怪物王者サラテが陥落。しかも物議を醸す判定で!このニュースはゴメス戦以上の衝撃で世界中を駆け巡った。

試合結果に憤慨したサラテは、この試合を最後にその10数年後までリングに上ることは無いほどのものだった。「クーヨが愛弟子ピントールのために判定を盗んだ。」勝者のピントールにはサラテから王座を奪取した時から、この悪名がつくことになった。ただし、この試合、見る機会(YOUTUBEで)を得たのですが、見てみると、確かにサラテの勝利というのが大勢かもしれないが、それほど大差は無い。むしろ、後半はピントールの前進と強打に押されていた事を考えると、前半の貯金を使い果たしたサラテの判定負けというケースも納得出来なくも無い。

むしろ、サラテに怪物王者やKOアーティストという強豪選手というイメージがあるために、クロスファイトにも拘らず「判定を盗まれた」と主張しても誰も異を唱えてないのではないか?返す返す判定とは難しいものだな、と思い知らされた試合でした。

さて、こういった経緯で王座を奪取したピントールはメキシコでもロスでも非難轟々。更には王座奪取直後のノンタイトル戦でメキシコのノーランカー、マヌエル・バスケスにダウンを奪われ、血まみれにされてTKO負けするという大ポカをやらかしたため、サラテ戦はフロックどころか、やはり不当な判定で、ピントールは並以下の3流王者だ!と軽蔑すらされるようになった。

このような悪評は、吹き飛ばす為には強豪を沈めていくしかない。その後のピントールは短い試合間隔で、強い選手と敵地であろうが、どこであろうがお構い無しに戦うという防衛ロードを選択した。

初防衛戦は強豪アルバート・サンドバル。後の世界王者、リチャードの兄で「スーパーフライ」の異名をとる、攻防兼備のスピード溢れたボクサーだ。この試合は名勝負となり、打ちつ打たれつの大激戦。12Rにピントールがサンドバルを滅多打ちにしたところで、サンドバルがくるりと背を向けギブアップ。強豪サンドバルを敵地ロスでギブアップさせた事により、サラテ戦がフロックでなく、ピントール自身が実力を兼ね備えた強豪王者と認識され、更にはロスでも人気を博したルーベン・オリバレスや古くは「メキシコの赤い鷹」の異名を持つビセンテ・サルディバルにもファイトスタイルが似ているせいかメキシコでもロスでもピントールの人気は急上昇となった。

このピントールが初来日したのは2度目の防衛戦の為。相手は東洋屈指のカウンターパンチャー村田英次郎だ。サラテから王座を奪い、サンドバルをギブアップさせた怪物王者とあって、ボクシング関係者は大騒ぎ。ただ、来日したピントールは怪物王者とは言い難いような、静かで暗い雰囲気を持つ男だった。インタビューを受けても「村田を早い回でKOする」とか「村田をバラバラにして俺が必ず勝つ」といった大言壮語もせずに、「村田は好選手なので、良いファイトをお見せ出来るよう全力を尽くします」などという、控えめで穏やかな回答が目立った。「本当にこいつがサラテに勝ったのかよ?」皆が疑いの目で見ていたが、ピントールの練習が始まるとそんな雰囲気は一変した。乾いた音がサンドバックを激しく揺らす。バンタム級どころか、2階級上のフェザー級でもこんな強打者はなかなかいない。ミット打ちにしても今まで見たことないような多彩なパンチを同じフォームで打つ。スパーリングパートナーが、2段ロケットのように伸びてくるパンチをびしびしと喰らい、しかも破壊力は「非常に重くて強烈。この類の強打などお目にかかったことは無い。」とこぼすほど。まさしく、並の王者じゃないなという評判が日を追って増殖していた。

折りしも、数ヶ月前に村田と共に日本バンタム級のホープと目されていた磯上が、ホルヘ・ルハンに玩具のように弄ばれた末に惨敗したせいもあってか、「こんなに強い王者とは思わなかった。村田は万に一つも勝ち目がないだろう。ルハンの方がまだ勝つチャンスがありそうなのに」と、悲観論は日を追って強くなっていった。唯一、ピントールと村田だけはそんな雑音に惑わされること無く、しっかりと調整し、最高の体調で、この試合に臨もうとしていたのが救いだった。

試合は日本武道館にて開催。褐色の肌・分厚い胸板に加え、体全体が筋肉の塊のようで、彫りが深くて口髭が似合う精悍な風貌のピントール。(当時、私の友人がピントールの事を「ブルース・リーに雰囲気・体型といいそっくり」と評していた)ピントールよりも大柄で、引き締まった筋肉ながら、抜けるように白い肌・アイドル歌手顔負けの甘いマスクの村田では、戦う前から勝負は決しているように見えた。王者の醸し出すいかにも強豪という雰囲気は、村田に対する周囲の期待を最大限まで萎ませるほど、存在感があった。

しかし、試合が始まると、絶好調の村田は、素早いフットワークとスピードに溢れた、鋭く破壊力のあるパンチでピントールに対し果敢に打ち合いを挑む。想像以上だった村田の実力にたじろぐピントール。1R終了間際、村田の必殺パンチ「右クロスカウンター」が見事に命中し、ピントールは膝を折りながら必死に耐えた。並の王者なら、この一撃で終わりという強烈なパンチだった。このパンチを直撃されながらも、ダウンをしなかったピントールは、図抜けたタフネスのみならず、強固な精神力も兼ね備えた超一流の王者である事を感じさせた。

1Rに引き続き、2R、3Rも軽快なフットワークから繰り出す村田のスピード豊かな破壊力のあるパンチは、ピントールに対し、面白いようにヒットする。ピントールは村田の猛攻に必死に耐え、2段ロケットのように伸びる左のジャブ(というよりストレート)とシャープで重い右ストレートで反撃。左ジャブの破壊力は並の選手の必殺パンチ並みに強く、ヒットする度に、村田の顔面が大きくのけぞるほどの破壊力だった。右ストレートなどは、直撃したら一巻の終わりではないかというほどシャープで重そうなパンチだったが、防御勘の良い村田にはヒットせず、逆に村田の右クロスが飛んでくる。村田有利のまま、村田の最大の見せ場の4R。どんなに強いパンチを打ち込んでも前進をやめないピントールに段々と距離を詰められ、ロープ際に追い込まれつつあった村田。このラウンドから左スマッシュと左右アッパーを多用し始め、ピントールの圧力に下がり気味になりつつあったが、ロープ際に誘い込んで、ピントールの肩越しに決めた強烈な右クロスカウンター。ピントールの膝ががくりと折れ、ロープにつんのめるほど、破壊力のあるパンチだった。「これで終わったな。村田という選手は、甘いマスクに騙されがちだが、強烈なパンチをクロスで打てる日本史上最高のカウンターパンチャーだな」と思ったのも束の間、ピントールが体勢を整えて、更に打ってくる。「こいつは痛点が無いのか?それともゾンビか?普通、あのクロスが決まったら倒れて夢の世界だろ?」

この4Rを境に、ピントールは村田というより、日本人選手の欠点を見抜いたようだ。それはアッパー。日本人は、手が短いせいか、あるいは踏み込みが鋭くないせいか、上手なアッパーを打てる選手が少ない。

メキシコやアメリカでもまれたピントールは、このアッパーが凄かった。何しろ左右・ショート・ロング共に2段ロケットのように伸びてくる上に、重くて破壊力も図抜けていた。さらには、左のスマッシュ。フックとアッパーと同じフォームで脇腹・顔面を狙ってくる。特に脇腹打ちは強烈で、このパンチをもらい始めた村田のスピードが落ちてくる。さらには、村田のパンチに対しても、軌道が読めたのか、あるいは軌道が読めなくてもこうしたらガードできるとばかりに、グローブやおでこ、両手・両肘を使った巧妙なブロッキングと体重移動、或いはスリッピングアウェイで、巧みにパンチの威力を殺している。ピントールの左ジャブをもらって、徐々に顔が腫れ始めた村田と対照的に、ピントールは顔も腫れずに、ぐいぐいと前進を繰り返す。5・6Rはやや村田という感じだったが、ダメージの点ではピントールのパンチが効果的。更には、7R辺りから、ピントールの攻勢が目立つようになって来た。フットワークを駆使して、ヒット&アウェイ戦法に切り替える村田。それを追うピントール。一進一退の戦いが続く。9R、激しいパンチの交換で、両者が両目から出血。7~12Rまでは、ピントールの攻勢が目立った展開だったが、村田もポイントを取り返したりと、まさにシーソーゲームのような激しい試合展開だった。

13R、ピントールの重い脇腹打ちや強烈なボディブローで、フットワークどころかグローブの握りまで甘くなってきた村田。パンチに破壊力が無くなりつつあった所を、ピントールは逃さなかった。ゴング終了間際、ピントール強烈な右アッパーがボディを抉る。村田の背中を突き抜けていくようなフォロースルーの効いた、強烈なボディーブローだった。この一発で村田の足は完全に止まり、続く左フックと右ストレートをもろに喰らった村田はダウン寸前だったが、ゴングに救われた。

14R、ピントールの真の怖さが発揮されたラウンド。東洋タイトルは12Rのため、13Rからは未知のラウンドの村田。前半飛ばしてきた村田にとって、只でさえスタミナが不安視されるのに、これまで喰って来たピントールの重いパンチ13R終了間際の強烈なボディブローのダメージで、村田の足が完全に止まったのを見透かしたような、ピントールの猛攻が開始された。左ジャブから続く、右ストレートが直撃。よろよろと後退する村田に、試合が始まった直後のようなピントールの猛烈なラッシュ。ワンツー・左右フック・左右アッパー・左スマッシュ、ダース単位の強打が乱れ飛ぶ。その連打を挟んで左フックの脇腹内、右ボディアッパーを交えていたところがピントールの怖さ。ロープ際に追い詰められ、この猛連打を喰らい、何度もダウンしそうになりながら、ピントールにしがみつき、必死に耐える村田。足がもつれて、いつ倒れてもおかしくない状況だった。何よりも驚いたのは、この終盤で、しかもあれほど村田の強打を喰らいながら、この猛攻。「この選手のスタミナは化け物だ」と驚かされた。約2分近く打ちまくったピントールだが、何故か村田は倒れたり、ギブアップしない。最後にはさすがのピントールも打ち疲れのせいか、今度は村田が威力はないが、連打で押し返してきた。

「なんだ、こいつは?俺のパンチをここまで喰らって何故倒れない?見た目とは想像のつかない驚異的にタフな奴だ」ピントールが驚きの目を持って、村田の連打に押され始め、ラウンドが終了。

最終15R、村田は開始早々からラッシュ。打ち疲れと村田のあまりのタフネスに辟易したのか、ピントールは後退を余儀なくされ、大歓声の中、試合は終了。パンチのダメージでピントール、手数で村田という内容だったが、判定は引分け。試合前の悲観的な予測が信じられないような日本ボクシング史に残る名勝負だった。

試合後、ピントールは「村田は今まで戦った中で、最もタフで強く、しかもスピードもあった。右のクロスは非常に強いパンチで、今まで喰らったパンチの中で一番強かった。」と語り、再戦については「う~~ん、分からない」と語るほどだった。しかし、引分けとはいえ、日本のボクシングファンは、ピントールの「本物の強さ」は十分実感していた。ここ最近来日した選手の中では、トップクラスのボクサーだった。

村田と引分け後も、ピントールは更に「戦う王者」を実践して行った。強豪アルバート・ダビラとクロスファイトの末勝利した以外は、大差の判定やKOで防衛を積み重ねた。その中には、ジョニー・オーウェンを死に至らしめた壮絶な試合も含まれている。オーウェンを死に至らしめたことで、ピントールは引退を考えたほど悩んだが、オーウェンの両親からの現役続行を望む声に後押しされ、再びリングに舞い戻ってきた。

ダビラ戦の辺りから、ピントールは相手以上に厄介な敵に悩まされることになる。それは「減量苦」。現在と違い世界戦は当日計量の為、減量の苦しさは半端なものではない。特にバンタム級とは思えないような逞しい体のピントールにとって、減量は限界に近づいていた。計量オーバーしたホビト・レンヒホ戦は、7Rに一発の強打で試合を終わらせるまで、レンヒホ程度の選手に手を焼いていた。正に信じられない内容だった。

ピントールは7度目の防衛戦で、再び日本に来日。磯上修一を僅か1RでKOし、阿南弘幸・高田次郎・石垣仁等日本バンタム級の世界を狙う強豪選手達をすべてKOに下し、上昇気流に乗っていたハリケーン照の挑戦を受ける為だ。29歳と遅咲きながら、日本トップクラスのテクニックとスピード、更には左右共に切れのあるパンチは、村田を除く国内ライバルを全てマットに沈め、自らの実績で挑戦権を勝ち取った実力者だ。

再来日したピントールは、既にバンタム級とは思えないほど、大きくなっていた。照との調印式の際は、照が小柄なせいかもしれないが、「これ、ライト級の選手とフライ級の選手の試合なんじゃないのか?」と思ったほど。

練習でも、減量苦のせいか、スピードに欠けていた。ただし、体が大きくなっている分、村田戦と比較してパンチは非常に重く、かつ強くなっており、パートナーが意口同音に「なんて重い、破壊力のあるパンチだ。まるで丸太でおもいっきり殴られたような破壊力だ」とこぼしていた。実際、ピントールの減量苦は非常に深刻で、当日計量を450gオーバー。3度計りに載って、やっとパスしたが、頬はげっそりとこけ、目の周りが真っ黒になるほどの変貌振りだった。対する照は、元々小柄な為減量苦など経験したこともなく、更には順調に調整を重ね、100Rを超えるスパーリングと、徹底した走り込みで準備万端、スタミナの不安も無く絶好調だった。

試合が始まると、じりじりと距離を詰め、スパーリングパートナーを驚愕させた重くて強烈なパンチを振るって前に出るピントール。その一発一発が乾いた爆裂音を立てて、照のガードの上に炸裂していた。喰らってしまえば一発で終わるのではというような物凄く重くて、破壊力のありそうな豪打。実況のみならず、解説の矢尾板氏やゲストの輪島功一氏ですら、その破壊力に目を丸くしていた。私自身、村田戦に比べて、スピードには欠けるが、ことパンチの破壊力に関しては、ライト級王者並と感じたほど。2年間見ないうちにこんな豪打者になっていたのか?と驚嘆した。2Rになると、このパンチを巧妙にかいくぐりあるいは巧妙なブロッキングで防御を固めた照が、今度はスピード豊かで切れのあるパンチで反撃。この強打の為、ピントールは左目尻から出血。さらには、何故か急にパンチを打つフォームが悪くなり、足が残ったままパンチを振るうピントール。身体に異変があったのか?しかし、照はこのチャンスを見逃さなかった。スピード豊かで多彩なパンチを振るってピントールを追い詰めていく照。特に3R・4Rは、強烈な左フックからの連打をピントールに炸裂させ、大きくよろめかせる。ただし、村田戦同様、この強打に必死に耐え、前進をやめないピントール。試合は一進一退のまま終盤の10Rへ。

ピントールは相変わらず手足がバラバラなフォームながらも「何故こんな強打が打てるのか?」というくらい強烈なパンチを照に炸裂させる。照は、ピントールの左ジャブ(ストレート)を喰らい大きくのけぞり、強烈なボディをもらってスピードが落ち始めている。テクニシャンの照は、ピントールの顔面のみならず、ボディにまでシャープな強打を炸裂させているはずなのに、減量苦のピントールの方が、ラウンドを重ねるに従って、攻撃も激しくなり、どんどんと攻めて来る。正に村田戦同様の展開だった。照は日本王者だった為、11R以降の経験が未知数。この辺りが村田戦と明暗を分けた差だったのか?スタミナには溢れていながらも、パンチによるダメージでパンチに対する反応が落ちてきて、ピントールの強打を喰らう場面が目立ってきた。13Rは勝負をかけて前に出てきたが、逆にピントールの一層激しくなった攻撃に押され、終了間際に痛烈なダウンを奪われる。14Rは、なんとか粘ったが、試合の趨勢はピントールが最終ラウンドにKOするかどうか?というところまで想像されるほど、照のダメージは深刻だった。

15R、開始からピントールが猛攻を仕掛ける。14Rに渡ってこの豪打に耐え抜いた照はもはや限界だった。ロープ際まで後退し、ピントールの強烈な左フックを喰らうと、破壊された人形のように崩れ落ち、そのまま試合は終了した。この試合も日本ボクシング史上に残る名勝負と記憶されているのは言うまでも無い。

試合後、ピントールは2Rに足のマメをつぶし、そのために手足のバランスがバラバラのままパンチを振るっていたことが判明。減量苦に加えて、このトラブルを抱え、名選手だった照をKOに仕留める辺りは「流石はピントール」の一言。この試合を境に照は急速に下降線となり、前回1RでKOした磯上に判定負け。更にはロス遠征で新星キコ・ベヒネスに、5度のダウンを奪われて2RKO負け。その後も本調子となることなく、勝ち負けを繰り返し引退。ピントール戦のダメージがあまりに深刻で回復することができなかったとしか思えない。ピントールに壊された選手といえよう。

ピントールは、苛烈な減量苦を抱えながらも、これまたアジア史上屈指のテクニシャン李承勲と対戦。結果的に、この試合が自身最後のバンタム級の防衛戦となった。
李は、あの渡辺二郎が対戦を見送ったほどのJrバンタム級の名王者ラファエル・オロノですら、徹底したアウトボクシングをして、打ち合いを避けたほどの攻撃力と、Jrフェザー級の強打者ビクトル・カジェハスを驚異的なタフネスと洗練されたテクニックで追い詰めた強豪だが、不運なことに、常に敵地での挑戦だった。この試合も敵地ロスで開催されたが、李はスピード豊かな連打と、切れ味鋭いパンチで、前半ピントールを追い詰め、さらには強烈なワン・ツーでダウンを奪った。実はピントールがバンタム級の防衛戦でダウンしたのはこれが初めてで、李の実力の凄さが垣間見える。

ただし、このダウンで目が覚めたのか、ピントールは反撃開始。重いパンチと村田や照を苦しめたジャブで李を追い詰めていく。Jrバンタム級から転級してきた李は、長身ながら線が細く、逞しいピントールの攻撃にどんどんと後退を続け、9R遂に捕まる。

ピントールが猛攻を仕掛けると、ガードもまま為らなくなるほどのダメージを蓄積した李。一方的に打たれだしたのを見たレフリーがたまらず試合をストップ。最後の防衛戦を飾るに相応しい相手と試合内容だった。ちなみに李が完敗した試合はこのピントール戦のみ。世界のどんな強豪に対しても常に互角の戦いをし、キャリア最後の試合でも、辰吉を苦も無く退けたあのダニエル・サラゴサと引き分けている。村田同様に悲運のボクサーだった。

この試合を機に、ピントールは本格的にJrフェザー級への転級へと動き始める。ただし、世界バンタム級のタイトルは保持したまま。これは、挑戦を希望する王者があのウイルフレッド・ゴメスのため、万一破れても王座は保持しておこうという目論見か?あるいは決着をつけていない村田との試合が決まった時の為に保持していたのか?

転級のテストマッチは、対立王者だったホルヘ・ルハン。ピントールはルハンを攻めまくり、ダウンを奪って圧勝。ルハンは既にJrフェザー級にクラスを上げて戦っていただけに、ピントールの今後も期待できる内容だった。

ゴメス戦がなかなかまとまらず、宿敵村田とのロスでの対戦交渉が開始されつつあった同時期に、ゴメスから対戦オファーが舞い込んできた。この運命の悪戯に非常にピントールは悩まされることになる。20数年後に来日した、ピントールがゴメス戦を選んだことについての内情を明かし、こうコメントした。「村田の対戦オファーとほぼ同時期に、ゴメスからもオファーがあった。村田との試合はホームのロスで開催予定だったが、村田戦に対する準備は最低3ヶ月必要でした。それほどの強豪選手だったのです。村田とゴメスを比較した場合、自分にとってはゴメスの方が勝てるチャンスが多い。そう判断したのでゴメスとの対戦を選びました。村田はスピードがあり、パンチも非常に強く、テクニックに優れ、肉体・精神的にも非常にタフな選手。しかも、自分は減量苦が限界に来ている。十分な準備期間が無いと村田に勝てない判断したからです。」社交辞令だとしても、村田の実力の凄さを物語るコメントで、あのゴメスと天秤にかけて、「勝てるチャンスはゴメスの方があった」というのは、最大級の賛辞かもしれない。

世界の超一流王者にこのようなコメントを述べられたのは、ほぼ同時期に活躍した亀田昭雄くらい。亀田の場合もあのプライアーをして「亀田との試合は恐怖した。それほどの強豪選手で、後にも先にも、試合で恐怖したのは亀田昭雄だけだ」と述べているくらい。二人の日本史上に残る天才選手がほぼ同時期に活躍、ボクシング史上に名を残す超一流の王者に挑戦し、王者を恐怖させたり、対戦を躊躇させるほどの実力がありながら、共に無冠だったのは今でも悲しく、残念でならない。この二人が王者になっていたら、日本どころか世界のボクシング史に輝かしい足跡を残していたのでは?と、ボクシングファンとして、今でも悔やんでも悔やみきれない。ただ2人には本当に感謝したい。あなた達がいたからこそ、実力派の超一流王者の試合をリアルタイムで触れることが出来たのだから。日本ボクシング史に燦然と輝く偉業なのは疑いの余地すらない。

ゴメスとの試合はルイジアナ州のスーパードームで開催。スーパーボウル開催地でも有名な巨大スタジアムで、ハーンズ対ベニテスの前座試合として組み込まれたが、二人の激戦が、メインの試合をかすませるほどの名勝負となった。

Jrフェザー級での減量苦の為、この試合を最後にフェザー級に転級するゴメス。逞しい身体は正にフェザー級の選手そのものだった。ゴメスは体格的な優位さを生かして、徹底的にピントールをロープに追い詰め、猛烈なコンビネーションで打ちまくる。ピントールは巧妙なブロッキングで、ゴメスのパンチをガードし、ダメージを殺して、インサイドから鋭く重いパンチを突き刺す。更には減量苦のゴメスのボディに強烈な脇腹打ち。ゴメスも相手がピントールだったせいか、直近数試合で見られた調整不足状態の欠片も無くきっちりと仕上げてきている為、ピントールの強烈なパンチを受けても、必死に耐えて前進を続ける。自らの17連続KO防衛の記録を成し遂げる為にも、或いは上の階級の王者のプライドをかけているのか、逃げずに真っ向から打ち合う。軽量級ながらも図抜けて強打者同士が、お互い攻撃を前面に出した激しい打ち合いのせいか、大観衆はこの激戦に熱狂し、酔いしれていた。

ピントールの重いパンチを受け、見る見るうちに顔が腫れていくゴメス。物凄いダメージを受けているはずなのに、その素振りも見せずに、堂々とピントールと打ち合う。エキサイトしたのか、ピントールの下腹部や太腿にまでパンチを見舞い、揚句の果てには肘打ちまで放つほど。対照的にピントールは、この猛烈な攻撃のダメージを巧妙に殺しているせいか、傷一つ無い顔で、ゴメスに重いパンチを突き刺す。12R終了間際、ピントールの鋭いジャブからの右ストレートで、遂にゴメスがヨロヨロとロープに後退、強烈な左フックを炸裂させた所で、ゴメスにとっては救いの、ピントールにとっては非情のゴングが鳴った。ゴメスのダメージは深刻で、セコンドに抱きかかえられてコーナーに戻った。

13R、ゴメスがKOを狙って打ち気にはやるピントールに対し、足を使ったアウトボクシングで距離を測り始める。状況は違えど、先輩王者サラテがゴメスを早くKOしようと打ち気にはやっていた状況そのままだった。正に必殺の左フックを炸裂させる距離を測っているとしか思えない。サラテ戦と違うのは、明らかにゴメスがKO負け寸前のダメージを抱えていること、さらにはピントールが驚異的なタフネスを誇る選手だったこと。ピントールの攻撃全ては、全盛期を思わせるゴメスの華麗なテクニックとフットワークでほぼ完封されている。試合全体のポイントの優劣は、常に前進を続けていたゴメス有利と見られていたため、ピントールに焦りの色が見え始めた。

14R、再びKOを狙ってスパートをかけるピントール。左ジャブを突きながら、相変わらず距離を測定しているかのようなゴメス。ラウンド中盤にエンディングは突然訪れた。抜群の距離から放たれたゴメスの強烈な右ストレートが、ピントールの左側頭部を打ち抜いた。命中したのは左耳の後辺り。村田対チャンドラー第3戦のチャンドラーが最初にダウンを奪ったパンチに酷似していた。物凄く破壊力のあるパンチで、ピントールはたまらずダウン。何とか立ち上がったが、三半規管を直撃されたせいか、平衡感覚に欠け、足下がおぼつかない。このチャンスにゴメスは一気にスパート。13Rに温存したスタミナを全て投入しピントールに襲い掛かる。猛烈な連打の中に、抜群のタイミングで放たれた左フックが炸裂。ロイヤル小林戦同様首が捻じ曲がるほどの破壊力で、ピントールはそのまま昏倒。試合後数分は起きて来れないほどの物凄いパンチだった。

勝利したゴメスの顔は、サンチェスとの試合を思わせるかのようにボコボコに腫れ上がり、対照的に、試合前とほとんど変わらない顔のピントール。顔だけ見ればどちらが勝者かわからない試合だった。ちなみにこの試合は、アメリカのボクシング専門誌で「今世紀最大の3大激戦」に選定された。さらには、一方的な試合になることが多い「メキシコ対プエルトリコ」のいわゆる「カリブ海決戦」の中でも、最大の接戦・激戦だった。惜しくも敗戦したとはいえ、あのゴメスをここまで追い詰めたピントールに対しては、ファンのみならず評論家からも「さすがはピントール、相手があのゴメスでも素晴らしい試合をした」と、最大級の賛辞を得た。

ゴメス敗戦後のピントールは、バンタム級の防衛戦をこなしつつ、階級を上げる方針だった。しかし、ここでピントール最大の危機が訪れた。ジムワークに行く途中に、オートバイ事故を起こしてしまったのだ。アゴを数箇所骨折し、全身を強打。最悪の場合、このままキャリアを終えなければならないほどの大事故だった。この時期メキシコは、ウェルター級無敵を誇ったクエバスがハーンズに軽くKOされ、更には最大のスターだったサンチェスも交通事故死。レジェンド級の選手はピントールだけだった。幸い一命を取り止めたが、怪我の状態からして、復帰には数年は掛かると予想された為か、WBCはピントールの王座を剥奪。王座決定戦を行うこととなった。

事故から1年後、不死鳥のように蘇ったピントールは、Jrフェザー級への完全な転級を決定。強い選手ばかりを選んでテストマッチを行った。勝ち星には恵まれないが強豪といつも接戦を演じるルーベン・ソラリオやあのフリオ・セサール・チャベスと接戦を繰り広げたアドリアン・アレオラなど、相手が相手だっただけに勝ったり負けたりだった。更には、若き日のダニエル・サラゴサとの対戦が組まれたり(これはさすがにキャンセルされたが)、およそあの大事故から復帰したとは思えないような、ハードな試合間隔と相手だった。これらの強豪と真っ向から打ち合い、体の異常も見られなかったせいか、ピントールは世界Jrフェザー級にランクイン。世界挑戦の機会を伺う位置にまで上り詰めた。

この時期の両団体の世界王者は2人とも図抜けた強打者だった。一人は前述のビクトル・カジェハス。もう1人はファン・キッド・メサ。人気者ピントールに対して、メサの方からオファーが来た。メサは身長173cm、胸板も厚く、手足も長い「これが本当にJrフェザー級の選手か?」というくらい大柄な選手。さらには、猛烈なファイターで、ゴメスの後継者とまで言われた圧倒的な強打者、ハイメ・ガルサを今世紀最大の逆転KOとまで言われる試合内容で1Rで昏倒させ、更にはあのダニー・ロペスを最も苦しめたマイク・アヤラも、立ったまま失神させ、その抜群の強打と荒々しい攻撃力、更にはガルサ戦で見せた「不屈の精神力」からして、ピントールには万に一つの勝ち目もないのでは?と予想されるほどだった。

試合はメキシコシティーの巨大スタジアムで開催。「戦う王者」ピントールにとって、以外にもメキシコでの世界戦は初めてで、気合も入っていた。対照的にメサは、メキシコの高地気候に苦しめられたのか精彩が無い。自慢の強打を炸裂させても、どんどんと前進してくるピントールと空気の薄さに悩まされ、スタミナ切れが早くも目立ち始めるほどだった。ピントールはメサから2度のダウンを奪って圧勝。二階級制覇を達成した。

目標を達成したのか、これが潮時かと感じたのか、ピントールは次の防衛戦で引退を表明する。試合は敵地バンコク。相手はタイ式ボクシング史上最高の天才児といわれたサーマート・パヤクァルーン。国際式に転向後も、デビュー戦で元世界王者のネトルノイに圧勝。更には村田を苦しめたウイリアム・デベロスや東洋王者で世界4位だったネプタリ・アラマグを軽くKO。ムエタイのみならず、国際式ボクシングでも「タイ国ボクシング史上最高の天才」の名を今でもほしいままにしている名選手だ。バンコクに乗り込んだピントールは、開口一番「タイの人々は偉大な選手の最後の試合を見る事になる」と自身の引退試合である事を公言し、調整の方も身が入ってなかった。結果的に、計量で3kg近くのオーバー。さすがに当日計量で、この体重超過はいかんともしがたく、最終計量の際もやはり2kg以上のオーバー。その場で王座剥奪となった。

この日のピントールは全く覇気がなかった。サーマートはベストコンディションでも勝てるかどうかという強豪選手なのに、調整不足のせいか、鋭い右ジャブをびしびしともらい続ける。サーマートはさすがにムエタイ史上最高の天才というだけあって、距離の取り方が抜群で、ピントールを自分の制空圏内に侵入すらさせない。サウスポーからの強打を面白いように決め、ピントールを打ちまくる。一方的な試合を終了させたのは、サーマートの強烈な左ストレート。パワー・スピード・タイミング全てが完璧な一打だった。ピントールは仰向けに倒れ、そのまま立ってこなかった。いや、敢えて立たなかったのか?試合に対する姿勢からして、ピントールらしくなかった。個人的には、「メサとの試合終了後そのまま引退すべきだったのでは?」と、今でも思います。ピントールは数年後、メキシコのボクサーが闘志を掻き立てられてしばしばカムバックするのと同様にリングの世界に再び足を踏み入れる事を繰り返したが、勝ったり負けたりを繰り返し、遂には完全引退、現在は有望なボクサーを育てるべく、ジム経営の方に全力を傾けています。

ピントールは、アジアの4選手と世界タイトルを賭け戦っている。調整不足で戦ったサーマートを除き、他の3人に対しては正に「世界の厚い壁」として立ちはだかった。照にしても、ピントールクラスでなければ世界王者になってもおかしくない実力を誇ったし、ピントールからダウンを奪った李は、挑戦した一流王者全てにクロスファイトを行うほどの選手だった。若くして世界王者になっていたら、韓国史上最高の技術を持った王者として名を残していた可能性が高い。村田はピントールと引き分けていながら、再戦をすることもなく、バンタム級史上最強とまでいわれたチャンドラーと一度は分のいい引分けを演じながらも、その後急成長したチャンドラーに連敗を喫し、チャンドラーに敗れた以外は無敗という完璧な記録と共に弱冠26歳で引退した。再戦が実現しなかったので何ともいえないが、もし村田がピントールと再戦し、勝利していたら、日本どころか世界でも、偉大な足跡を残した名王者になってた可能性は高かったのでは?と今でも個人的に思う。

現在日本には、本当に何人世界王者がいるかわからないほど、世界王者が乱立している。特にバンタム級はWBOを除き全て日本人が世界王者。亀田兄弟はともかく、山中程度の選手を「神の左」などとマスコミは大げさに騒ぐ。ただし、どれだけ囃し立てても、まったく人気が出ないし、視聴率も10%を切るほどの低視聴率。何故ボクシングがこんなに凋落したのか?理由は簡単、間違いなく世界王者の質が落ちているし、バンタム級に限って言えば、ジョフレはともかく、このピントールやチャンドラーを目にした世代にとって「これが世界王者?日本王者の間違いじゃないのか?世界タイトルマッチに値する相手と試合を組んでくれよ」と、呆けた気持ちになり、チャンネルを合わせることもない。更には現在YOUTUBEで、過去の怪物王者の試合を簡単に視聴できるため、世界タイトルマッチに値しない相手との試合など誰が見るものか。

マスコミがいかに「怪物」とか「階級史上最強の王者」等と囃し立てても、判断するのは一般視聴者で、彼らの目は肥えてるというのが全く欠落している。ピントールの持っていた凄み・迫力・殺気さらには本物の醸し出す王者の風格を目にした世代にとって、今のボクシングはまさに「スポーツ」そのもの。王者・階級乱立と安全性のみに重点を当てたルール変更の為、魅力ある王者がどんどんと減って行き、更に人気が落ちることによって、各団体が認定料欲しさに、今度はスーパー王者や暫定王者、最悪な場合休養王者などという、まさにバナナの叩き売りのような王者が乱立している。

ボクシング界が「ボクシングとは本来厳しい格闘技で、生命の遣り取りも辞さないほどの覚悟でボクサー同士が雌雄を決する。世界一強い男は、適正な体重差を考慮した上で、あくまで一人のみであること」この原点に立ち返らない限り復活はないと思う。ピントールの後退を知らない激しいファイトスタイル、更にはそのファイトスタイルの中にちりばめられた高度なテクニックを目にするたびに考えさせられる毎日です。

生涯戦績 56勝(42KO)14敗2分

https://www.youtube.com/watch?v=hbDxBS7Z7Pc

たこです

たこです

迷惑かけてありがとう

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