レジェンド・クラシック

ウィルフレド・ゴメス

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天才ボクサーの定義とは何か?それは戦績の多くをKOでかざり、相手にかすりもさせない防御技術を持ち、常に相手を圧倒して、しかも芸術的なパンチで相手を眠らせる。この言葉が最も当てはまるのが今回紹介するゴメスだ。皆さんもその戦績を見てびっくりするかもしれないがこの戦績が作られた記録でないこと、しかも世界J・フェザー級タイトルの防衛戦全17試合を全てKO勝ちしていること。17連続KO防衛というこの記録はおそらく今後誰も破ることは出来ない不滅の記録だ。更にデビュー2戦目から34連続KO勝利という記録もその他の記録者が世界タイトルうんぬんの実力者ではなく、さらには八百長がらみの試合を含む記録者もいることから、実質的にはゴメスのこの記録こそ連続KOの実質的な世界記録と見てもよいだろう。

プエルト・リコという小国はボクシングが盛んで数々の世界的な選手を輩出している。最近でいえばトリニダード、少し前だとバスケス、さらにはベニテスなど。いずれも3階級を制覇した名王者だ。ベニテスはなんと世界最年少で王者に、トリニダードも若くして王者になった天才少年だ。しかし、天才少年といえばゴメスをおいて他には無いと言ってもいいくらいその実力は早くから話題になっていた。17歳の頃に当時レベルの高かった第1回世界アマチュア選手権で金メダル、しかもすべてKO勝利で。「天才少年現る」の見出しが世界を駆け回っていた。期待されてのプロ入り初戦は固くなったせいか引き分け。しかしそれ以降の試合はとにかくバッタバッタと相手を倒しまくった。倒しまくった相手には、後のバンタム級王者アルバート・ダビラなど対戦相手に避けられていた強豪なども含まれている。とにかくこの完璧なレコードと強豪を倒しまくっていたせいか、人気もランキングもうなぎのぼり。デビューわずか21戦目、弱冠21歳にして世界挑戦の機会が与えられた。相手は韓国の廉東均。徹底的なランニング戦法で日本のロイヤル小林から僅差でタイトルを取った技巧派の王者だった。焦点は「ゴメスが何回に倒すか?」という異例の予想だったがここでも緊張したゴメスは1R、廉の不用意なパンチを喰らい何とKO負け寸前の強烈なダウンを喫した。これで目が覚めたのか、その後は落ち着いた試合運びで廉を追い詰め、最後はロープ外にたたき出すほどの強打を決めて廉を完全KO。その完璧な試合運びと、1Rに喫した強烈なダウンにより「強いが打たれもろい」との噂が先行した。初防衛戦をこなしたあとは日本のロイヤル小林と防衛戦を行うことが決定した。

小林戦はゴメスがスパーリング中に顎を骨折したために延期、当時ロイヤル小林の戦績は24勝(21KO)3敗、名王者アルゲリョに完敗した以外はすべて地元判定に近い敗戦。その強打は本物で、世界的にも「小林の強打はJ・フェザー級どころか1階級上のフェザー級でも世界トップクラスだ」と評判の豪打者だった。ゴメス陣営も小林の強打を警戒、試合は強打者同士の対戦ということでKO必死の予想だった。

いざグローブを交えてみて1R終了後、小林は開口一番「あいつのどこが強打者なんだ、たいしたことないよ、やつのパンチ」という不思議な言葉を残している。たしかに1R、小林は果敢に前進し、ゴメスはそれを軽くいなしスピードのあるジャブ、角度の良いボディブローを的確に当て、軽やかなステップで小林のパンチを見切ろうとしているようだった。ゴメスがさして強打者ではないと確信した小林はさらに2R前進してプレシャーをかける。青竜刀を振り回しているような小林の豪打は当たるどころか、かすってもこのクラスでは一発必倒のパンチだがゴメスは目の先三寸でそのパンチをひょいひょいとかわす。フットワークも軽く、常に小林の周りを距離をとりながら旋回している。相手が突っ込んできたら強烈なボディブローと矢のように鋭い左ストレートで突き放す。しかしラウンド終盤になり、小林の突進に押され始めると、初めてその凶器の一端、軽い右ストレートと左フックを見せ始めた。小林の突進が効いているのか、あるいは少しよけそこなったのか、ゴメスの鼻が少し赤みを帯びてきた。パンチが当たってるのか、それとも突進の際に体や頭が当たってるのか定かではない。ゴメスの右ストレートと左フックがヒットし始めると少しづつ小林に焦りの色が見られ、だんだんとゴメスに押し戻されてきた。

運命の第3ラウンド。ゴメスが強打者ではないと確信した小林は、一気にけりをつけるべく、ゴメスが守っていた制空権内に突進した。ゴメスが一歩引いたその瞬間、小林の首が捻じ曲がり、立ったまま意識を吹っ飛ばすものすごいパンチが炸裂した。これこそゴメスの必殺のパンチ「左フック」だった。見えない角度から飛んできたこのパンチは小林の顎をかするようにしかも最後は深く削り、振り子のように降られた小林の脳は一時的に脳震盪を起こすほどものすごい破壊力と人間科学的な効果を存分に見せ付けた芸術的なパンチだった。夢遊病者のように前のめりに倒れた小林は、練習を良く積んでいたせいか本能的に立ち上がるが、足にきているどころのダメージではなかった。パンチング人形のように突っ立っている小林を2度倒すのに20秒とかからなかった。結果的にはゴメスは打ち気にはやる小林を誘っていただけだった。この凶器というにはあまりに美しくかつ芸術的な「左フック」を命中させる為だけに...。

KO負け後の小林は意識を取り戻すなり「あれ、俺右ストレート喰らって倒れたんだ」と全く左フックの軌道、存在すら覚えていなかった。カウンターパンチではなかったが、相手の突進に合わせたベストな見切りとタイミングで振り抜かれたこの左フックは私が今まで見たKOシーンの中で最も美しくかつ、芸術的なKOだった。小林は最後のこの左フックを喰らうまでゴメスの強打を実感できなかった。実感した瞬間は意識が飛んでいたのだから、まさに眠るようにKOするパンチだった。

強打者小林を退けたゴメスに最強の挑戦者が現れた。57勝(55KO)無敗。28連続KO、8連続KO防衛中のカルロス・サラテが減量苦のため、ゴメスの階級に転級してきたのだ。当時のサラテはその戦績、実力からKOアーティストと呼ばれ、理詰めで切れ味鋭いパンチは対戦者のほとんどをKOに葬り、全階級を通じて最も強い王者と評判の選手だった。アップライトに構えた威圧感のあるスタイル、追い足も鋭く、相手の急所を打ち抜く強打は「ピンポイントパンチ」と呼ばれ、そのパーフェクトな戦績、実力から若いゴメスには荷が重い強敵だ!と対戦前から不利を予想されていた。

ホームタウンのサンファンにサラテを迎えたゴメスは万全のコンディションで、対するサラテは何と減量に失敗。がたがたのコンディションのもと試合は始まった。減量に苦しんだサラテは待ちの姿勢を捨て、積極的に前に出る。対するゴメスは小林戦同様、ミズスマシのような軽快なフットワークと完璧な防御でサラテのパンチをかわし、サラテをどんどん前進させる。4R、焦りの見えるサラテが、更に前進をし、ゴメスを追い詰めようとした瞬間、小林戦同様のあの「左フック」がまともに顔面に命中した。それは突っ込んできたサラテの両足が一瞬浮いたのでは?と思えるほど強烈なパンチだった。相手の突進を利用した芸術的なダウンシーンだった。かろうじて立ち上がったサラテに猛打の嵐を浴びせ、ゴングの音も聞こえないほどの観客の大歓声、ゴング後に更に決定的な「左フック」が命中。芋虫のように転がったサラテになおも加撃を加えるゴメス。ものすごい闘争心だった。

5Rが始まると、ただ立っているだけのサラテに猛然と襲い掛かるゴメス。再び崩れ落ちたサラテに対しセコンドからタオル投入。期待された試合は一方的な試合となり、これでゴメスは中南米No1のKOパンチャーの名を欲しいままにした。「KOキング」はゴメスの代名詞となり、その破壊力ある強打は「バズーカ砲」と呼ばれた。その後ゴメスは挑戦してくる相手をことごとくマットに沈めた。レオ・クルス、ファン・キッド・メサ、らの後の王者、アントニオ・ロペス、カルロス・メンドーサなどの実力派ランカー、アマでKOされたことのあるデリック・ホームズ、ムエタイ至上屈指の王者サガットなど全てKOに仕留めた。

カルロス・メンドーサ戦あたりからKOを狙いすぎるあまり、自らのスタイルを捨て強引に打ち合うスタイルに変貌しつつあったゴメスが、減量苦の為、1階級上のフェザー級挑戦を口にし始めた。狙うターゲットはダニー・ロペス。8連続KO防衛の強打者だった。しかし、ロペスが「番狂わせ」と見られる相手に陥落、ロペスを打ちまくった相手はサルバドール・サンチェス。ゴメスにとってこの弱冠22歳の若者は組し易い相手に思えた。事実、ゴメスが軽くKOしたニッキー・ペレスにサンチェスは大苦戦。ゴメスは「サンチェスをいかにして料理するか?」としか考えず、心の緩みが出たのかもしれない。

サンチェスとの試合が決まってから、ゴメスは油断のためか、あるいは減量苦のせいか体重が落ちない。試合開始直前までサウナに入っていたとの報道がなされていた。「サンチェスをバラバラにしてやる。それからJ・ライト級の王座を頂く」。ゴメスは自信満々だった。専門家の多くも「ゴメスが何RにKOするか?」そういった予想が多かった。

試合が始まると、減量で苦しんだせいかゴメスが猛然と迫ってくる。鋭いパンチをコンビネーションで放ち、あっという間にサンチェスをロープにまで詰める。そして必殺の左フックを出した瞬間に、ゴメスの死角からサンチェスのたっぷりとウェイトを乗せたスマッシュ気味の右アッパーがカウンターで炸裂した。前のめりになったゴメスに更に左アッパーをヒットさせるともんどりうって仰向けに倒れるゴメス。立ち上がったが、足はふらふら、意識も飛びかかっている。クールなサンチェスがクールな仮面を脱ぎ捨て、猛烈な連打を浴びせる。身体をよじらせながら必死に耐えるゴメス。このラウンド連打を集中されたゴメスの顔は腫れ上がり、左フックの生命線の目はつぶれかかっていた。2R以降、鋭いジャブとストレートでゴメスの目と頬骨にパンチを集中させるサンチェス。さらに強烈なボディー・ブローを交えゴメスのスタミナを奪うことも忘れない。ゴメスがサンチェスを捕らえようと必死に追っても、フットワークの速いサンチェスは、ゴメスを自分の距離に入らせず、クリンチ際にはさらに目を狙った細かい連打を浴びせる。今までの防衛戦が嘘のようなサンチェスの鋭いパンチとクールな試合運び。4Rにはゴメスの両目は腫れ塞がり、ほとんど視界はなくなっていた。3R辺りから盛り返してきたゴメスの山場は第7R。得意の左フックをサンチェスのテンプルに炸裂させた。ぐらつくサンチェスだが、驚異的なタフネスのせいか、ゴメスの目が塞がり距離感が取れなかったせいか倒れない。それでも試合は一気にゴメスペースに。そして運命の8R。ゴメスはKOを狙い勢い良く攻めるが、逆にサンチェスのボディアッパー3連打を食らうとずるずると後退。ロープに詰められるとサンチェスの変則的な右ストレートをまともに喰う。ロープに吹っ飛ばされたゴメスに嵐のような連打。ゴメスは身体をよじらせながらも必死にパンチをかわすが、とどめの右ショートストレートからの左フックが決まるとロープを転がるようにゆっくりとゴメスは沈んだ。サンチェスは番狂わせで王者になった選手ではなかった。恐るべき実力を秘めたフェザー級史上屈指の王者だったことが証明された。くしくもサラテを倒した時のゴメスと立場が逆転した。ゴメスは酷評され、J・クラスの王者への実力が疑問視され始め、廃止論が出たほどボクシング界を揺るがす敗戦となった。

サンチェスに敗れた後、批判に耐え、次々と対戦相手を沈めていたゴメスにバンタム級から再び刺客がやってきた。王座8度防衛、村田やダビラらの強豪を退け、対戦相手を死に至らしめたことのある「殺人パンチャー」ルペ・ピントールだった。相手の実力を警戒してか、J・フェザー級最後の防衛戦となるこの試合にゴメスは万全の調整で臨んだ。そしてこの試合こそゴメスが最後の輝きを見せた試合だった。試合は一進一退の打撃戦。ゴメスが連打を決めてもタフなピントールは更に打ち返してくる。ロープに詰められたピントールに巧妙にブロッキングされ、重い強打を決められたゴメスがKO負け寸前のピンチを迎え、ゴングに助けられたシーンもあり、「バズーカ砲」対「殺人パンチャー」の白熱の打撃戦は予想を覆す大接戦となり14Rまでもつれ込んだ。12R、ゴメスをKO寸前に追い込んだピントールが更にプレッシャーを強め前進をしてくる。12Rまでピントールをロープに追い詰め連打しまくっていたゴメスは、13R同様、後退しはじめる。ピントールがゴメスを追い込んだ瞬間、絶妙のタイミングで放った「右ストレート」がピントールの即頭部に命中。タフを誇るピントールもたまらずダウン。立ち上がったピントールに猛打を浴びせるゴメス。とどめはあの小林やサラテを葬った左フック。小林戦同様、首が捻じ曲がるような強烈なパンチだった。ダウンしたピントールは、数分間立ち上がれないほどの強烈なパンチで全盛期のゴメスの輝きが見られた最後のパンチだった。

その後ゴメスは強打のファン・ラポルテを下してフェザー級を制覇。ライバルのサンチェスは交通事故死しており、サンチェスの亡霊から解放される機会は永久に与えられないことがゴメスのプライドを傷つけていた。そんなゴメスに絶好の機会が訪れたのは初防衛戦。相手はアズマー・ネルソン。サンチェス最後の防衛戦の相手で代打出場にもかかわらず、サンチェスを強打と猛烈な突進で徹底的に苦しめ、大善戦した相手だ。初防衛戦の相手としては非常に危険すぎる相手だが、ゴメスは対戦を受け入れた。ネルソンは後に2階級制覇した非常に強い選手で、フェザー級の誰もが彼との対戦を拒んだほどの強者。このネルソンと対戦するゴメスに対して「あまりに危険すぎるのでは」という声も聞かれたほどだった。

ネルソンとの試合が始まると、アウトボクシングと要所要所で連打を決めたゴメスが9Rまでポイントでリード。しかし、ゴメスの強打を喰らってもケロリとしているネルソンは更に前進を続ける。10R、前半飛ばしすぎたゴメスがスタミナ切れとなり足が止まった瞬間、ネルソンの強打が炸裂、ゴメスはサンチェス戦同様、ロープ伝いに吹っ飛ばされダウンを喫する。そして11R。ネルソンが猛打を振るって前進してくる。必死にアウトボクシングで逃れるゴメス。しかし、足の動かないゴメスにネルソンが右強打を決めると膝を突き、そしてとどめの左フックが炸裂。もんどりうって倒れたゴメスはリング上で3分ほど失神。記者会見も放棄し、病院へ担ぎこまれるほどのダメージだった。ネルソンの左フックはガーナ人特有のしなるような体と圧倒的なパワーのある重くて、破壊力のある左フックだった。ゴメスの芸術的な左フックに較べると、パワーが強調されるパンチだ。かつて自分が対戦した小林の強打に比類するパンチを避けきれずに沈んだことは、ゴメス時代の終焉を告げる悲しいパンチだった。

このまま引退すると思われていたゴメスだが、最後の力を振り絞り、何とロッキー・ロックリッジの持つ世界J・ライト級王座に挑戦。3階級制覇を狙った危険な賭けだった。ロックリッジは後のJ・ウェルター級王者ロジャー・メイウェザーを僅か1RでKOした強豪で、リズミックで小気味の良い連打、必殺の右強打を持つ実力者でゴメスの勝ち目はほとんど無い!というのが大方の予想だった。試合が始まるとロックリッジの回転の速い連打に追い込まれるゴメス。KOは時間の問題と思われたが、何とゴメスはアウトボクシングに作戦変更。巧妙なテクニックでロックリッジの連打を空転させ、ジャブでポイントを稼いでいった。試合が終盤に近づくと、前半のダメージとスタミナ切れのためゴメスは失速、ロックリッジに追い込まれるが、かろうじて逃げ切る。そして判定は何とゴメスの判定勝ち。地元判定に近い内容だったが、3階級制覇を成し遂げた。KOキングの名を捨て、アウトボクシングを選択したゴメスに往年の面影は無く、まるで蝉の抜け殻のような選手だった。判定は論議を呼び、「ゴメスはもう引退すべきだ」という声が関係者のみならず、ファンの間からも巻き起こった。

ゴメスはプライドの塊のような選手で、KOキングという自分の名声に誇りを持ち、それを実現するために本来の芸術的なスタイルを捨て、強引なKOを狙うようになりボクシング自体が雑になっていった。サンチェスにその弱点をつかれ、KO負けして以来、本来のゴメスのボクシングの素晴らしさは全く見られなくなった。普段の節制もなってなく、記者がゴメスの自宅にインタビューに行くと、ドア越しに風船玉のように太ったゴメスが「今、見せられる体ではないので」と断ることもしばしばだったという。急激な減量のため、体調を崩し、パワーも衰え、何よりもいち早くKOするために猛烈なファイターになったという意見もある。

ゴメス最後の敗戦はJ・ライト級の初防衛戦。世界的には全く無名だが、関係者の間では「一発強打は世界王者レベル」といわれていたアルフレッド・ライネだった。ゴメスはKOされる9Rまでライネを子供扱いし、華麗なるアウトボクシングと連打を浴びせてポイントでは圧倒していた。ロックリッジ戦で酷評されていたためか、ライネをKOしようと思ったのか不用意に打ち合った。以前なら3R以内にKOする程度のライネに必殺の左フックを決めてもライネは倒れない。逆にライネの左フックを喰らい、失神させられ王座転落。以前のゴメスを知るものにとっては悲しい敗戦であり、せめてネルソン戦で引退していたらこのような惨めな姿をさらさずにすんだのにと思ったのは私だけではないはずだ。

KOには色々なスタイルがある。「キングコングを倒す」といわれるほどの強打で相手を完膚なきまでにKOしたアルゲリョ。一打必倒のパンチを連打でまとめ相手を眠らせたデュラン。ピンポイント・パンチといわれた正確なパンチを相手の急所に決め倒していたサラテ。相手の顎を破壊し、常に病院送りするほどの豪打を誇ったクエバス。ゴメスは強打というよりその芸術的なKOシーンばかりが目に浮かぶ。私は今まで30年間ボクシングを見てきたが、瞬間的ながらゴメス以上の芸術的なパンチとKOを見せてくれたボクサーはいないと思う。彼ほど芸術的なKOをする選手は今後現れないと思う。それほど優れた選手だった。

引退後のゴメスがコカイン中毒になったり暴力事件を起こしてプエルト・リコ紙面上を騒がせていたが、プエルト・リコ国民はゴメスの更正を心から願った。本人も現在はおとなしくなり、静かな余生を送っているようだ。数年前、風船玉のように太りにこやかな笑顔でプレスの前に現れたゴメスの写真を見て安心したボクシングファンは私だけだろうか?かつてプレイボーとしてならした口ひげの似合う甘いマスク、ボクサーとして理想的な柔軟な筋肉質の身体は見る影を潜めていたが、相変わらずお洒落で笑顔の似合うプエルトリカンだった。

生涯戦績44勝(42KO)3敗1分

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